「仕事」「働く」ことの意味 | Essential Education Center

「仕事」「働く」ことの意味

「生きるために働くのか?」「働くために生きるのか?」そんな問いを、これまでいろいろなところで見聞きしてきたように思いますが、この問いに明確に答えられる人はいるのでしょうか?

自分自身、この問に答えるとしたら「わからない」「人ぞれぞれ」「生きている時代による」くらいにしか答えられない…答えのない問いであることは明確。

私事ですが、この春50歳になりました。このタイミングでこの場を借りて「生きるために働くのか?」「働くために生きるのか?」という問いを自分に向けて…。

50歳の自分

50歳になってから、何となく「不安」になることが多くなった気がします。その「不安」の正体は、恐らく「老い」に対する不安なのだと思います。人生100年時代とはいえ、確実に後半戦に突入したわけですし、これまでの50年の延長として、これからの50年が「不安」になるということは、後悔であったり、消化不良であったり、不完全燃焼であったり…そんな気持ちがどこかにあるのかもしれません。

周りを見渡すと…。学校の先生をしていれば教頭先生、会社にお勤めの方々は、課長さんくらいでしょうか?子どもが大学生になったり、親の介護で頑張っていたり、この年代で離婚される方々も多いと聞きます。平均年収、貯蓄額…。比較しても仕方ないのでしょうが…。

頭に浮かぶ「このままで良いのか」「こんなはずではなかった」「平均以下はイヤだ」などの言葉が「不安」の源泉ですね。

「仕事」「働く」ことを再定義

私自身から見て、近しい人達、ニュースを賑わす方々、私が情報を捕まえに行っている著名人、大学の先生やジャーナリスト、ブロガー、YouTuberなどなどと、比較できない “自分” とか “人生” を一生懸命比較し、勝手に不安になってるのが今なのだと思います。

「そんな事してる暇があったら仕事せぇ!」「ぼーっとそんな事考えてるからパッとしないんじゃ!」「一生、そうやってグチグチ言ってろ!」なんて声が聞こえてきそうです。(正直、そう思われているんじゃないか?と気にする、気にしすぎるとあるラインを超えてしまうんじゃないだろうか?なかなか帰ってこられないのでは?…そういう「不安」が次にやってきます。)

そこで50歳になった自分は「仕事」「働く」ことを再定義することにしました。とはいえ、これまで明確に「仕事」とは…「働く」とは…という定義があったわけではありませんが、人生の後半戦に突入ということで、“再定義” “リスタート” です。

何のために「仕事」をするのか?「働く」のか?

私は「まだ見ぬたくさんの人たちのために仕事をします。」そして、「まだ見ぬたくさんの人たちの幸せ」が、まわりまわって「自分の幸せ」になると考えます。

これは、随分前から自分の軸として持っている考え方なのですが、人生の前半は「自分」のために、人生の後半(これまでは40歳以降と定義していましたが、人生100年時代、50歳以降と再定義します)は「人」特に「後進」のために、自分の人生を歩むことを是とします。

身近は人たち、家族であったり、友人であったり、職場の仲間であったりの「幸せ」に、自分ができることで最大限の貢献をします。家族、特に子ども第一優先ですが…。

「仕事」「働く」ことで得られるお金については、収入=世間的な評価、自分の価値という囚われから脱却します。結構、ここが自分の「不安」で大きな部分を占めている気がします。現状維持では、先細ってしまうので、貪欲に努力はしますが、一方で「仕方ない」と割り切りるところも必要だとも考えています。

ちょっとした節約で出たお金(50歳で卒煙しました…これで毎日400円程度は、浮いたことになります)は、コツコツためて自分の趣味、マラソン旅行(全国のレースに出場すること)、自転車、読書…に使いたい。英語(TOEIC)も勉強したいし、免許(原付二種)や資格(介護資格)もとりたい。ジンバル買って、Vloggerデビューもしてみたい(これでお小遣いを稼げたらなお良い)。

余裕ができたら(そんな悠長なこと言ってられない “焦り” は感じつつ)自分の中にある「政界への未練」の正体もはっきりさせたい。里子のことも真剣に考えなきゃ…。

「生きるために働く」「働くために生きる」

これまで「仕事」「働く」ことを再定義そんな問いに、「わからない」「人ぞれぞれ」「生きている時代による」くらいにしか答えられない自分がいました。

50歳になって、止めたこと、始めたこと、続けていること…。それらを見渡し、立ち止まって「仕事」「働く」ことを再定義してみたら、自分のこの先50年に対する漠然とした「不安」は、他者との比較、その中で自分は恵まれないとか、不遇だとかいうところに原因を求め、自分を低く評価していたことがその発端なのだと思えました。

もうちょっと気楽に、「無理」「勘弁して」「助けて」などなど弱音を(自分に対して)吐いてもよいのかも…。あれもしなきゃ、これもしなきゃと欲張ってアップアップするより、あれやめよ、これ止めておこうというデトックス、断捨離的な思考を「仕事」「働く」という領域に持ち込んでも良いのでは?と考えるに至りました。

明日から、いやキーボードから手を離し、アップロードした瞬間から、新しい人生が始まります(劇的変化は期待していません。淡々とそして優雅だったら良いかな?)

EECでは、教育・研修とは別軸で「自分らしく、後悔のない人生」のための「仕事」が始まる予定です。話が具体化してきたら、大々的に発表します!

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この記事を書いた人

鈴木 浩之(Hiroyuki,SUZUKI)
有限会社エッセンシャルエデュケーションセンター Sales&Promotion担当マネージャー。
大学卒業後、世界的冒険教育機関であるOBSの指導者コースJALT受講、その後、OBSインストラクターへ。OEC、国立青少年教育振興機構、市議会議員等を経て現在に至る。1971年静岡県出身。

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